伊丹のおくりびとブログ

家族葬の弊害

と題名にお書きしたように

今日は

普及し過ぎた家族葬によるお困り事

について簡単にお話します。

 

 

皆さん、ご経験ありませんか?

 

 

凄く親しくしていた友人が

体調を崩していたのは知っていたけど

その友人が他界したと知ったのは

お葬式が終わった後だった

 

 

って。

 

 

お葬式に携わっていると

色んな意見を耳にします。

 

 

上記の様に親しい人の

お見送りができなかった

 

せめて教えてくれたら

お線香の一本でも上げに行けたのに。。。

 

生前に

どちらかが死んだらお通夜で

遺影を前にお酒を酌み交わそうな

そんな約束をしていたのに。。。

 

 

と言う遺恨が残る

家族葬が生む寂しい現実

 

 

 

この問題は

その一面だけでは済まなくて

 

故人が家族にどう言い残したのか

 

故人の交友関係を家族と

どこまで共有できてたのか

 

家族間でどれくらい

コミュニケーションが取れてたのか

 

色んな部分に起因する課題がありますが

 

 

「故人とお別れしたかった」

と言う「心残り」が

周囲に生まれるのが実際で

 

 

へたをすると

故人が

「わしの葬式の時は

誰も呼ばなくていいし

お経も無くていいし

お墓もいらんし

骨も適当にその辺に撒いてくれたらいい」

などという

超絶無責任な言葉を残して逝く場合もある。

 

この言葉は

「残す家族の負担にならないように」

と言う故人の家族への想い遣りの言葉なのに

故人の遺志を尊重して実践する家族が

後で周囲から非難される事を想像できない

無責任極まりない言葉になりかねない。

 

 

百歩譲って

故人の意思を尊重して

お葬式を完全クローズの家族だけで

行ったとしても

 

訃報を聞きつけて来てくれるご弔問に

来客の対応準備をしていないので

せっかくお別れに来てくれた人も

ちゃんと対応できずに帰らせてしまったり

 

後で知った友人や遠縁の親戚が

葬儀後、仏前にお参りに来る

日にちも時間もバラバラに来る

その都度都度の対応に振り回される

 

断ったつもりのお香典が書留で届いて

受け取らざるを得ない。。。

 

 

負担を軽減するつもりで行った事が

逆に負担を増やす結果になる。

 

葬儀を閉ざさず皆んなを迎えていれば

こんな事もなかったのに。

そう思っても時すでに遅し

 

 

などなど

家族葬に拘りすぎた結果

歪みを残してしまう

と言う弊害。

 

 

本当に家族だけで送るのが良いのか

 

故人はどんなつもりで言葉を残したのか

 

ちゃんと家族で相談して

上に書いた弊害を想定しても

それでも家族だけで送りたい

 

と仰るなら

もちろん無理に止めはしませんし

どうすれば歪みを残さずできるのか

家族親族の構成や

これまでの親戚付き合いをお聞きして

最善の方法を一緒に考えるので

そこはご安心下さい。

 

 

かつて

 

亡くなったお祖父ちゃんも

残ったお祖母ちゃんも一人っ子で

親戚が本当に居ない。

 

あるいは

100歳近くで亡くなったお祖父ちゃんは

喪主を務める子供世代も高齢で

社会から離脱して何年も経ってるので

社会的な繋がりもないし

お祖父ちゃんの兄弟もみんな亡くなってるし

甥姪も高齢で動けないし。。

 

と言うように

誰かを呼びたくても

誰も呼ぶ対象がいなくて

どうしても家族葬になってしまう場合も

稀にありました。

 

 

送られる側のあなたも

送る側のあなたも

 

一歩踏み留まって

一旦冷静に考えてみる事を

おすすめします。

 

マスコミの煽りに乗らず

葬儀社の言いなりにされず

 

一番良い方法を探してみてくださいね♪

 

 

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